2014年1月27日月曜日

サクラカラー SAKURA PACK 100Xと136フィルムカートリッジ。

私は小学生の頃にカメラを父から買い与えられていた。当時としてはかなり早い時期での自分の愛機入手であると思う。まだまだカメラを持っている子供は少なかった。父が写真を撮るのが好きだったから、カメラが好きだったからかもしれない。きっとそうだろう。かわいらしい、面白いカメラだった。いまでも父が実家で大切にとっておいてくれているはずだ。

今更カメラがどうの、と父と話すのが何となく照れくさく、自分でいろいろ調べると、件のカメラ、どうやらサクラカラーの「SAKURA PACK 100X」というモデルのようだ。調べた写真を見ると、まさに子供時代の自分の愛機であった。
父は私に、と言って買ってくれたのだが、管理はほとんど父が行った。カメラを使いたいタイミングや修学旅行等のときに、父の大事なものが詰まった引き出しの中から恭しく取り出され、私に手渡される。私と私の初めての愛機とはちょっと不思議な距離感があった。


が、しかし。「SAKURA PACK 100X」の写真を眺めると「やはりカメラというものは、、、」と思ってしまう、あれがやってきた。あの感覚だ。
以前のエントリーでも書いたのだが、しばらくの間手にしていた機械というのは、その感触を忘れないものだ。ほんとうに、40年近く経っているのだが、SAKURA PACK 100Xの写真を見ただけで、そのカメラが手元にあるわけではないにもかかわらず、巻き上げレバーのかりかりというラチェットギアの感触やシャッターを押し込んだ時の安っぽいシャッター音、裏蓋のプラスチックの柔らかさ。すべてありありとよみがえってくる。そういう機械との関わりや記憶、まったく面白くて仕方がない。

136フィルムカートリッジという不思議な規格のカートリッジ、というよりカセット的なフィルムを使うカメラだ。ちょうど110フィルムを2段、重ねたような形をしている。当然のように大昔のフォーマットなわけで入手は不可能。が、カートリッジのガワを手に入れて分解、35mmフィルムを詰め替えると現代でも使えるそうだ。そんなことを調べたら俄然やる気が出てきた。
子供時代にそのカメラで撮影した写真を実家で探し出し、136フィルムカートリッジの詰め替えをして、その子供の頃の写真を撮った場所にいま行って、同じ角度で写真を撮ってみたい。そういう作品を展示などしてみたいな、と妄想している。
できれば父が生きているうちに実現したい。しなければな。
父は私に写真を仕込んだ張本人なのだから。


追記
そうそう、撮影された写真は正方形のフォーマットとなる。
俄然使ってみたくなった。

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